アイドル戦国時代の常識「握手会」

~握手券の偽造は罪になるのでしょうか?というお話し~

超人気アイドルグループの握手会場で、来場していた男性客にメンバーが切りつけられるという、そのファンのみならず世間にも衝撃を与えたこの事件は、未だ多くの人々の記憶に新しいのではないかと思われます。この事件を受け彼女たちの出演する各劇場では、ゲート式金属探知機が設置されて警備員の数も大幅に増やされ、客席最前列を空けるなどの対策がとられることとなりました。さらに今回の事件は、同アイドルグループのみならず他のアイドル達にも少なからぬ影響を与えているようです。 しかし、握手会のようなイベントは、自らをアピールしようとするアイドルにとっても、憧れの対象を間近にできるファンにとっても、お互いが直接に触れ合うことのできる数少ない貴重な交流の場に他なりません。また、今日のようないわゆる“アイドル戦国時代”において、プロデュースしている企業にとっても、「身近なアイドル感」を演出することでファンとの強い結びつきを促し、例えばCDに握手券を付けることでそのセールスに繋げるといった強力な営業手段ともなっているのです。 それだからこそ、今回のような不幸な出来事で、今や一つのカルチャーとも言える“握手会”の存続が危うくなるのであれば、その社会的損失は計り知れないものと言えるでしょう。とにかく一刻も早く“握手会”本来の姿に戻って行ってほしいものです。今回のコラムでは、そのような握手会の「握手券」にまつわるお話しを一つご紹介させて頂きましょう。

握手券ほしい!けれど当たらない…

あるアイドルデュオの熱心なファンである男性(名前をW君と致しましょう)は、彼女たちのライブやイベントなどに毎回欠かさず参加していました。そして、CDやDVD、写真集など買えるものはすべて買ってはみるものの、商品に添付されている抽選券で当たるお目当てのアイドル握手券だけは、どうしても手に入りません。 「いや待てよ、現代にはこんな時の強い味方、ネットオークションがあるではないか。」 そこで早速ネットでチェック。口はポッカリ、頭はガックリ。さすがは人気アイドル握手会の通行手形の握手券。その落札額は何と数万にも及ぶW君には手の出ない代物だったのです。

仕方なくW君はそのやり切れなさをTwitterでつぶやいていると、かつてそのアイドルデュオのイベントで知り合った男性(名前をY氏と致しましょう)から突然メールが入って来ました。 「握手券、余っているから、1枚1万円でどう?」 もちろんW君の頭にNOという文字はありません。ただ、お目当ての握手券が手に入る、彼女と会える、その喜びだけでもう頭はカ~、胸はドッキン…。

甘い話にワナ 騙され怒りでワナワナそれが気づかぬ“落としアナ”

汗水たらしやっと稼いだ1万円と引き換えにではあったものの遂に握手会の「通行手形」をゲットしたW君。握手会当日には高鳴る思いを抑えながらその券をギュと握りしめて、心ウキウキわくわく会場受付へと一直線。そして、係員に誇らしくその券を差し出したその瞬間、 「これ、ニセモノです!」との係員の一声 喜びの絶頂から悲嘆のどん底へ…。 気持ちを整理する間もなく、受付から別室へと連れて行かれた彼は、そこで驚きの光景を目の当たりにしたのです。 別室には自分の身に何が起ったか分からずただ動転している数人のファンらしき男たち。 握手券の入手先を問いただす係員の質問に、彼らは、皆「Y氏から握手券を買った」と。 Y氏が用意して彼らに売った握手券はすべて偽造だったのです。本物そっくりなのですが、それは、Y氏がパソコンで作成した偽物だったのです。今回騙されたのはW君たちも同じなのですが、知らなかったとはいえ、W君たちが偽造握手券を使おうとしていたという事実に変わりはないとの理由で、主催者側に対し「二度とこんなことしません」という内容の始末書まで書かされるハメとなってしまいました。泣きっ面に蜂、始末書を書かされた上、Y氏に支払った1万円も遂に返ってはこなかったのです…。

Y氏は「ダフ屋行為」で処罰できるのか?

さて、W君たちにとって憎んでも憎み切れないY氏なですが、遂に年貢の納め時、懲りずに別のイベント会場で偽造握手券を売っているところを「ダフ屋行為」として迷惑防止条例違反の疑いで御用となりました。 世間でよく耳にするこの「ダフ屋行為」とは、 「余った券買うよ」 とイベント会場の近くで、転売目的でチケットを買い取ったり 「チケットあるよ。売るよ」 と不特定な人にチケットなどを転売したりする行為で、都道府県条例で禁止されている(東京都では、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金)行為です。そしてこれは、売った者のみならず買った者をも処罰の対象とするものなのです。 Y氏は警察での取り調べに対し、 「あくまでメール相手にコピーとして売ったつもり。買った人がホントに使うとは思ってもいなかった。」 と反論。 残念ながら今回のケースではTwitterでW君の投稿を見たY氏が直接W君とメールのやり取りをしていたため、迷惑防止条例における「ダフ屋行為」で言うところの「不特定な人」にW君は当てはまらないということで、この容疑での処罰の対象とはならなかったのです。

結局、Y氏は無罪放免だったのか?

しかし、警察は、「ダフ屋行為」の線のみならず、「有価証券偽造」他の線からも調べを進めていたのです。 Y氏は警察のこの「有価証券偽造」の線からの追及に対しても、 「握手券って有価証券じゃないから、犯罪にならないでしょう。」 と反論。 そもそも有価証券とは、「財産上の権利がその券面に表示された証券」、言い換えると「券自体に財産的な価値があるもの」のこと。主なところでは、手形・小切手・国債などがこれに当たりますが、身近なところであれば、電車のきっぷや定期券、宝くじなどもこれに当たります。ただ、切手や収入印紙、通帳などは有価証券には当たらないとされています。 では、W君たちの手に入れたこのアイドルデュオの握手券についてはどうだったのでしゅうか。結局、このケースでは、この握手券は「ネットオークションで売買がなされていたもの」で、券自体に財産的な価値があり、これは有価証券に当たるとの判断がなされ、裁判所は偽造した被告Y氏に対して、懲役1年6か月、執行猶予3年の判決を言い渡しました(東京地裁・平成22年8月25日判決)。

W君たちのはまった落とし穴ってな~に?

今回のケースで騙され辛い思いをしたW君たちは、確かにお気の毒です。しかし、身をもって“法律の穴”というものを学ぶ恰好の機会を得ることができたことも確かでしょう。 現実の社会を規律する法律には、いわゆる“法律の穴”が存在します。 ここで言う“法律の穴”とは、 (1) 法律の規定が社会の実情に即していないために生じる法律の盲点 (2) 法律の規定と社会一般の常識とが隔たることで生じる認識の盲点 のことを指しております。 今回の偽造握手券の問題もまさにそういった“法律の穴”にみごとにW君たちがはまったものと言えましょう。 現実の生活の中には、日常いたるところにこういった“穴”が存在しております。私たちがこういった“穴”にはまらないためにできること。 それは、日常の生活の中のそういった“穴”に「気づく」ことです。今回のコラムもその一助になれば幸いです。

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